これからは、人生2度目の特定疾患である「特発性大腿骨頭壊死症」になった経過と、最初に左股関節を人工骨頭に置換した時、次に右股関節を人工股関節に置換したときの2回にわたる手術と入院の様子をレポートします。


目 次
イベント 期間
発症までの経過 H16.4.6〜H17.2/16
運命の初診日・MRI検査 H17.2/16・2/21
自己血の採血 H17.3/1〜3/25
入院から手術前夜まで H17.4/2〜4/6
手術日当日 H17.4/7
手術後1日目〜1週間目 H17.4/8〜4/14
手術後8日目〜2週間目 H17.4/15〜4/21
手術後15日目〜軽快退院 H17.4/22〜5/12
右股関節THA手術(MIS法) H17.12/2〜12/29
手術後の日常生活について


発症までの経過
※初めの頃は、普通の関節痛か筋肉痛だと思い記録はアバウトです。
H16.6月頃
・急に、左股関節と肋骨の下縁付近に痛みが発生しました。
 しかし、まだ重大には考えず受診はしないで、シップや痛み止めの塗り薬で済ませていました。

H16.7月頃
・1〜2週間の周期で、痛みが左右股関節を移動するような症状が起こりました。
・徐々に「あぐら」が困難になるなどの開脚(関節可動域制限)に支障が現れ始めました。

H16.8月頃
・普通に歩く時に痛むようになりました。
 ・痛みで全力で走れなくなりました。
 ・平泳ぎが出来にくくなりました(開脚の制限と痛みのため)
 ・座った状態から立つ時や、朝一番にベットから立つ時に激痛が起こるようになりました。
 ・就寝時、足に掛けた布団を痛みのため足で持ち上げることが出来なくなりました。

H16.9月頃
・痛み、開脚とも、更に悪化しました。
・足を投げ出して座っても、おしりが痛くなりました。
・この頃から明らかに異常だと感じ、インターネットで、股関節痛を検索 「大腿骨頭壊死症」がヒット!
 病名と症状を見て何となく自分の症状に当てはまり、また手術の人工関節置換術を見て"ゾッ"っとするものの、まだ、他人事。

H16.10月頃
・潰瘍性大腸炎で定期通院検査している病院の整形外科医(標榜はしていない。入院 患者専属)により、股関節のレントゲンを撮影しました。
・その結果、レントゲン所見には異常は見当たらないとのこと。
 私も、じっくり見ましたが、ネット上で見た骨頭の潰れはありませんでした。
 開脚制限を改善するストレッチを勧められました。
・胃腸科主治医は骨頭崩壊などでは、CRP値が上昇すると言われたが私のは、むしろ下がっていた。
・今日の診察でひとまず大腿骨頭壊死症のことは、忘れてしまいました。

H17.2月頃
・先の診察以降も、痛みは改善せず、ますます開脚時に痛むようになり、愛用のバイクに跨ることも困難になってきました。
・バイク停車時に痛む方の足を出すと、激痛で立ちごけしそうになること数えきれず。
最悪の激痛
H17年2月16日夜、これまでで最悪の激痛が襲う。
・杖を使って、やっと立てるほど…。
これは、とんでもないことになったと直感。
‥杖は以前、腰痛のときに購入していました。
明日、整形外科専門病院へ受診することを決意!
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運命の初診日
昨夜これまでにない激痛を経験し、意を決して専門病院で受診してきました。
この病院は、約6年前に右手の小指を骨折して、日帰り手術をした病院です。
このとき掌の骨に入れた金属製のピンを、「6ヶ月経ったら抜きに来てください」…言われていたのに、もう6年経ってしまいました。
しかも、その時手術したドクターがまだ勤務されています。
‥どうか主治医になりませんように(願)

外来で待つこと小一時間、「股関節のレントゲンを撮ってください」とナースに言われ放射線科へ。

撮影後フィルムを渡されて、再び外来へ。
途中でフィルムを見てみましたが、よく解りませんでした。(解れば、医者はいらんとです!)


「梅の助さーん、どうぞ」と診察室へ呼ばれ、中に入りました。
ドクターはまだいなくて、さっきのレントゲン写真が貼ってありました。
写真をよーく見ると、私のチ○ポコがはっきりと写ってるじゃあーりませんか。
ハズカシーなんて考えてる場合じゃない、大腿骨頭はどうだ。 んー解りません。これって正常だよなー?
などと、1人悦に浸っている時にドクター登場。

「梅の助さん、こんにちは。主治医の○○です」、とても腰の低い言葉遣い。
「宜しくお願いしまーす」と梅の助。

ドクター、レントゲン見るなり、「んー、股関節痛いでしょう‥大腿骨頭壊死ですね」‥って、あっさり‥宣告。

確かに、ガンではないのですが、自分でも、もしかしたら‥とは思っていましたが、こうあっさり言われるとは‥。
一瞬ですが、確かに目の前が暗ーくなりました。


いや、待てよ。
医者といえども聖人ではない。レントゲン写真の間違いだってあり得る。
往生際の悪い私は、「あのー去年の10月にレントゲン撮った時は、異常なかったんですが‥」

「どこでお撮りになりました?」と、またも腰の低いお言葉。
「○×病院ですが、他の病気で定期的に通っているのですが」

「そうですか、この病気は整形の専門医が見ないと解りにくいのです。 おそらく10月の時点では所見はあったと思いますよ」
‥三度腰の低いお言葉に、
そうなのか、すばらしき専門医様!と、なぜか1人納得してしまいました。


しばし、レントゲン写真を眺めてから、
「左は、このあたりがもう潰れてきていますね」 と、骨頭の骨盤に嵌入している部分を指しながら 「この状態は、ステージVで保存的な治療は期待できません。 人工関節置換術(THA)もしくは、人工骨頭置換術の対象です」
「右の方は、ステージUの状態で、今のところ潰れはありませんが、(レントゲンを指し示しながら)この辺りに影がありますよね。 急ぐ必要はありませんが、いずれ骨切り術か、THAなどが必要になるでしょうね」‥と、優しく説明してくださりました。

腰の低いドクターの説明を半ば上の空で聞きながら、2回手術をするくらいなら、今回まとめて料理してもらえ! と考えた私は、
「先生、左右同時には技術的に難しいのでしょうかねー」と質問すると、優しい先生は
「梅の助さん、技術的には可能ですが、右はまだ、オペの対象じゃありませんよ。それに、両方同時にすると、術後の生活が著しく大変なことになりますよ」と、またまた優しく諭して頂きました。

「左はレントゲン所見だけで特発性大腿骨頭壊死症の診断が確定ですが、右もありますので、次回MRIを撮ってみましょうかね」
MRI検査
4日後に、MRIを撮りました。約40分の検査時間でした。
その後の診察で、「MRIでも確認しましたが、左右とも大腿骨頭壊死症で間違いないですね」
「今回は、悪い方の左の手術日を決めましょうか」と言われ、私はいくつかの質問をしました。

@人工関節は、日本人向けに設計されたものがあると聞きましたが、この病院で使用可能ですか?
A輸血には、自己血を希望します。
BMIS(小さな切開での手術)は可能ですか?
C特定疾患の申請を出来るだけ早くしたいのですが?
D右手のピンも、この手術のついでに抜いてもらえないか?

回答はこうでした。
@本病院では、2種類の人工関節を使っていますが、どちらも良い成績です。(製品名をあげて)これは、国産で日本人向けに作られています。
オペまでの検査で、どちらを使うか決めさせて頂きます。
A輸血はほとんど必要ないと思いますが、希望であれば600mlほど採血しておきましょう。
B質問しませんでした。
C今日にでも、ケースワーカーと相談してください。
D同時には無理ですが、入院中に抜きましょうかね。


その後、自己血輸血のための採血スケジュールを組んだ上で、手術日を4月7日と決めました。
手術日まで、風邪など引かないように注意して下さい。
発熱があれば、採血や手術が出来ませんから、とナースに釘を刺されました。
時節柄、インフルエンザが流行している時期でした。
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特定疾患の申請(H17.3/1手術前37日)
特発性大腿骨頭壊死症は、1つめの特定疾患だった潰瘍性大腸炎と同じく国の特定疾患に認定されていますので特定疾患受給者証の申請をしました。

初回の方は、申請書の他に、住民票、所得が証明できるもの、健康保険証のコピーなどが必要になります。
私の場合、すでに別の受給者証がありましたので、これをコピーして同封しました。
申請が認められ受給者証が交付されたら、交付日付は申請日になりますので、早めの申請をおすすめします。
交付まで通常は約2ヶ月程度かかりますが、私の場合2症例目ということもあり約20日で交付されました。
UCの薬確保(H17.3/3手術前35日)
もう一つの持病、潰瘍性大腸炎の定期診察に行ってきました。
来月は、受診できないかもしれない旨を主治医に伝えると、いつもは30日分もらう薬を60日分出して頂きました。

そして、「入院や手術でストレスがかかると、悪化するかもしれないので用心しなさい」と助言を受けました。
‥しかし、どう用心すればいいのやら‥。

今回入院する病院は、整形外科が専門の病院で、胃腸科を併設しておらず、この病院からの胃腸科分野の患者を受け入れている病院です。
「必要なデータは、すぐに提供します」と今度の手術の主治医に伝えて下さいとのことでした。
自己血採血前検査(H17.3/10手術前28日)
自己血輸血のための検査(採血)をしました。
健康診断の採血と違い前日の食事制限などは一切ありませんでした。
感染症の有無が検査の最大の目的です。
しかし、自分で勝手に解釈して、しっかり朝食抜いていた梅の助でした(^_^;)
自己血採血1回目(H17.3/18手術前20日)
自己血貯血のための1回目の採血をしました。
採血量は400mlです。
採血に先立って、診察があり当初600mlだった採血量を、ついでだからという安直な理由で800mlに増やされました。
血液バッグに自筆で記名をします。
腕を入念に消毒し、大きな針が刺されました。
採血時間は、約5分 あっという間でした。
その後、500mlの輸液があり、これには3時間かかりました。
自宅に戻ると、何となくフラッとする感覚があります。
自己血採血2回目(H17.3/25手術前13日)
前回の採血から1週間後の本日、2回目の採血をしました。
採血量は前回と同じ400mlです。
採血に先立って、午前中に検査採血をしました。

採血ごとに検査するのだそうですが、検査採血は腕の小さな血管から採血します。大きい血管は本採血用に温存しておくのだそうですが、残念ながら注射失敗で両腕に刺されました。

検査結果がOKでしたのでひとまず昼食を食べに帰宅し午後より採血開始です。
ここでまたしても注射失敗です‥それも本採血用の大きな針で。
結局一週間前に刺した腕に今回も刺されました。
採血自体は今回も約5分 あっという間でした。
その後の、輸液も3時間、前回と同じです。
これで自己血貯蔵は終了です。血液は冷凍ではなく冷蔵保存だそうです。
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入院しました(H17.4/2手術前5日)
本日、午前中に入院しました。
これからの入院生活のことを考えると、朝から憂鬱な気分になります。

指定された部屋は、6人部屋でした(うぇー狭い、むさ苦しい)
しかし、本日は午後から、いとこの結婚式出席のため、約20分の入院で外泊致しました。
シャバ、シャバ…
不条理な出来事(H17.4/4手術前3日)
昨日午後5時に病院へ帰りました。顔ぶれが2人減って4人です。

本日から手術前の検査が本格化しました。
早朝の6時からナースに起こされ採血(5本)と検尿です。
午後からは、胸部レントゲン撮影と骨塩量(骨密度)の測定をしました。
さらに、術後のリハビリ担当理学療法士による、各種の測定や計測が行われました。

お昼前に、新顔さんが入院してきました(体重100kgとかなり太めで、一癖ありそなお方です)

この日の夜、事件が起きました。ゴジラが吠えています。
となりのお方も目を覚まされました。
我慢できない私はナースへ報告へ…結果は、「起こしても、またイビキかきますよ。なんなら、睡眠薬出しましょうか?」という返事。
何で、こちらが薬飲むわけ?! 納得いかずヘッドホンを耳に当て、ゴジラの雄叫びに負けないよう音楽を聴きながら寝苦しい夜を過ごしました。

どうかお願いです。イビキのひどい方は、入院前に治療されて下さい。
でも、自分のイビキで起きないから不思議だ。
手術前の説明(H17.4/5手術前2日)
ゴジラのせいで寝不足です(お隣さんも)
本日は、午前中に心電図、肺活量の検査です。
午後は、手術部の等身大のレントゲン撮影です。
使用する人工関節の種類とサイズ決定のためだそうです。

夕方から、主治医によるオペの詳しい説明があり、妻と一緒に聞きました。
妻は、人ごとのように(人ごとですが‥)サバサバして聞いていました(妻という字が、毒という字に見えました…三遊亭歌之助より)

それによると、今回は人工骨頭置換術か人工関節全置換術(THA)かは、患部を開いて軟骨の状態を目視確認したうえで決定するとのこと。
ほぼ8割方、人工骨頭でOKだと思いますとのことで、使用するシステムは、国産品の日本人向けに開発されたものを使うとのことです。
手術時間は約1時間を予定していますとのこと。

手術後に着るT字帯1枚、浴衣1枚、バスタオル1枚、それとフェイスタオル2枚を滅菌に出しました。
手術は、クリーンルームで行われるとのことで、術後の感染防止のために滅菌するとのことです。

この日の夜も、ゴジラが吠えました。
今夜は、お隣さんがナースに掛け合っていました。
手術前日(H17.4/6)
本日午前中に、私の向かいのベットに若者が入院してきました。
この部屋には、ゴジラがいることも知らずに…

いよいよ手術が明日になりました。
本日は、午前中に手術部位の剃毛に来られましたが、私は、薄かったので剃毛は必要無しとのことでした。
午後から、術後に使う抗生剤(化膿止め)のテストが行われました。
それと手術中から履く「弾性ストッキング」を渡されました。
これは、「深部静脈血栓症」と「肺塞栓症」を予防するためのもので、術中から約14日間履く必要があるとのことです。
これと並行して、両足の機械式マッサージを行うとのことでした。

夕食後は絶食となり、明日の午前6時以降は絶飲となります。
夜10時に浣腸を行いました。
気疲れしたせいか、よく眠れました。
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手術日その1(H17.4/7)
いよいよ手術日になりました。
やはり、少し緊張します。
オペの予定は、15時30分オペ開始予定で、その30分前に手術室に入ります。
朝6時が水を飲めるタイムリミットでしたので、潰瘍性大腸炎の薬を飲むついでに、ペットボトルのお茶500mlを一気に飲みました。

10時から点滴(輸液)ラインの確保のため点滴が始まりました。
1本目はアセテートリンゲル液です。
ラインには、途中から追加が出来る分岐が付けてあります。

13時に、2本目の点滴に交換しました(アセテート維持液)。
これをオペ室へ入るまで持たせるそうです。
この頃、空腹感がMAXに達しました。

14時に、ナースステーションへ移動し、全身の清拭(身体フキフキ)をしてもらいました。
全身素っ裸でナースに拭かれます。(“しらふ”なのでとっても恥ずかしいです)
その後、尿道にカテーテルを入れられました。これが、恥ずかしいやら痛いやら、おまけに最初のナースが悪戦苦闘の末入れられず、二人目のナースへバトンタッチ! 今度のナースはお上手で一発でめでたく入りましたが‥1本で2度ハズカシ(^^;)
最初のナース曰く 「やっぱり、手が替わると入るものねー」 だって。
チ○ポコの先に、カテーテルの管が伸びている図は、決して他人には見られたくないです。

カテーテルが入っているので、たれ流し状態のまま、右足に「弾性ストッキング」を履きました。
左足は、手術後にオペ室で履くとのことです。

ストレッチャーに横になり、タオルケットでくるまれてオペ室へ移動しました。
今年完成したばかりの新しいオペ室は、この病棟から少し離れた場所にあり、エレベーター3台乗り継ぎ着きましたが、天井しか見えずどこをどう通ったのかさっぱりです。

オペ室の前にある「回復室」に入り、病棟ナースと、オペ室ナースが申し送りをします(色々と会話がされていましたが、朝6時に、しつこく500ml飲まれましたという声がはっきり聞こえました)

ベルトコンベヤー方式でオペ室のストレッチャーに移動し、中央手術室へ入場です。
…すごーい全面ライトブルーに統一されたオペ室です。
                      広い!きれい!天井たかーい!

また電動コンベヤーでオペ台に移動しました
手術日その2(H17.4/7)
麻酔医がオペ室へ来て、背中に痛み止め(硬膜外麻酔)の薬を連続投与するためチューブを入れる処置をします。
「体を横向きにして海老のように丸くなって下さい」といわれ一瞬ですが強い痛みが背中に走りました。
仰向けに戻り、口にマスクが当てられます(まだ意識には変化がありません)
視線を移すと、頭にヘルメットのようなものを被ったドクターとナースの姿が見えます。

いよいよ点滴ラインより麻酔薬が注入され始めました。
「○○を△ml、○○を△ml、○○を△ml」と3種類の薬品の名前が聞こえました。マスクから何となく甘い感じがします。
目の前の手術用の巨大なライトを見ていたら、あっという間に目がぼやけてその直後、意識はなくなりました。

         **************手術中**************

ぐっすり眠った感じで目が覚めました。
気分は、爽やかです。体のどこにも痛みはありません。
回復室だとわかりました。
ナースに、時間を尋ねると午後6時20分とのこと…あーよく寝た。

病棟ナースへの引き継ぎの中から、オペ時間1時間20分、麻酔時間2時間ということでした。
手術日その3(H17.4/7)
ストレッチャーのまま病室へ搬送されます。
しばらくは、新築病棟(急性期病棟)の個室です。
6人部屋とは大違い、天井高い。
それに、ゴジラもいなーい。

病室へ戻った時の私の状態
 ・左手に点滴ライン
 ・創部のドレンチューブ
 ・尿カテーテルチューブ
 ・痛み止めの背中のチューブ(ナースはこれを“エピ”と呼んでました)
の、4本のチューブに繋がれています。

※エピの中身は、「アナペイン」という、硬膜外伝達麻酔剤と、「フェンタネスト」という、合成麻薬の2種類の薬が処方されていました。

さらに、
 ・左術部にプレパンツ(大腿部から腹部にわたる大きなサポーター)
 ・左右の足に、弾性ストッキング
 ・両足の間に、ブルーの三角枕くん(股関節の内旋防止用)
 ・口には酸素マスク装着
 ・指には酸素飽和度計

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酸素マスクは、約1時間ほどで外され、飲水がOKになり水を少し飲みました。
ストロー付のコップが活躍です(100均グッズ)

19時30分頃、夕食を極少量取りました(ベット角度30°)

20時頃から自己血400mlを点滴ラインより戻されました

間歇式のエアーマッサージ器(Dr.MEDOMER)により、30分間の両足のマッサージを受ける。これから、2週間目まで1日2回続くそうです。
とても気持ちのいいマッサージです。

夜、発熱する(37.8℃)

ほぼ一晩中、30分おきにナースが来て、体温、血圧、酸素飽和度などを測定にいらっしゃいます。
とってもありがたいですが、眠れませーん。
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手術前の無傷な腰(運動できないのでスリム) プレパンツ装着例(息子です(^^;)
手術部は、骨盤あたりから腰側面に沿って約15cmで数えた範囲では14針縫合してありました。

プレパンツは、抜糸までの1週間着用しました。まだ涼しい季節だから良かったですが、夏場はつらいかも。
ドレンが抜けたら、T字帯から普通のパンツに替えるけど、パンツの上からプレパンツをする関係上、トランクスよりビキニブリーフがトイレ(小用)の時楽でした(^_^)v
三角枕君です(サディスティックな責め具です) 三角枕でのプレイ中
人工骨頭挿入術や人工股関節全置換術THAの術後は患側の股関節脱臼を防止する目的で約3週間、股関節を外転側に保つ必要があるのだそうです。(私に言わせればSMです)

使用中に、横向きになるには、足を外転枕に固定したまま、ナースが3人がかりで横にしてくれましたが、横になる時の激痛と、横になってからも姿勢を保つのは結構大変で、私は10分ほどでギブでした。
ちなみに私は、外転枕での固定を1週間とルーズな固定を1週間で、外転枕君とはお別れしました。

その後は、就寝中に横向きになるのに、足の間に挟む「ソフト三角枕君」を、ナースが作ってくれました。
退院後も、自宅で寝る時に、クッションを挟んで横になると気持ちいいです。
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4月8日(手術後1日目)自己血戻し
・点滴継続中(セファメジン抗生剤+KN電解質補液)
・自己血400ml戻してもらう(これで、貯血分は、全て戻されました
・ナースによる体拭きと着替え
・体位変換(横臥)→変換中も、変換後も痛くて苦しい。すぐにギブしました。

・食事は常食で、朝と昼は完食、夜は7割。(ベットは約60度)
・1日中微熱が続き、夜は寝苦しかった。
↑弾性ストッキング(男性ではありません) ↑自己血液の輸血
人工股関節形成の手術は手術側を上にした側臥位で行われますが、手術中に手術をしない側の下肢にも“むくみ”が生じてしまうと
静脈の血流が悪くなる可能性が高くなりますので、非手術側の下肢に弾性ストッキングを装着して手術をします。
手術側も症例によっては膝から下に弾性ストッキングを装着することもありますが、多くの場合は手術直後に装着します。
しかし弾性ストッキングを装着するだけでは血栓の形成を防ぐことはできないようです。
最盛期の点滴の状態です。
真ん中の小さいのは抗生剤、右の黒っぽいのは自己血バッグです。
自己血は冷蔵保存されていたので冷たいのですが、ラインに入る前にヒーターで温められます。
写真では3つしか見えませんが、全部で4つ下がっています。
4月9日(手術後2日目) 体からチューブが外れる
・点滴継続も今日まで(セファメジン抗生剤、夕方で終了)
・ナースによる体拭きと着替え

・12時に、ドレンチューブ、尿道カテーテルとエピドラチューブが抜ける。
これで私をベットに繋ぎ止めるものはなくなったのだ‥ハハハ。
 ドレン量(流出血液)は約350g、尿道カテーテルは、入れる時は恥ずかしかったが抜く時は痛かった。
・オシッコは、自ら尿器でするも、大をベット上でするのに抵抗があり自力でトイレに行けるまで我慢(T_T)
・午後から、リハビリあり。車いすへの乗り移り方を教わるが、痛いのと怖いのとで短時間で終了。車いすは持ち帰られました…。
・トイレは、右側からアプローチできるものを使うようにとのこと(軸足が右だから)

・今日も微熱が続く。夜は頭痛で薬を処方。
4月10日(手術後3日目) 初う○ち
・早朝4時、便意を催しナースコール、車いすに介助されて乗せてもらいトイレGo!  さんざん我慢したせいか、30分粘っても出ず。
 再びトイレからコール「すみませんが浣腸をくださーい」。
 やっと出ました、難産でした。

・本日より、抗生剤は内服薬へ変更。
・ナースによる体拭きと着替え
・左足が全体的に痛む。膝は左右とも痛い。
4月11日(手術後4日目) リハビリで体重掛ける
・本日のリハビリで、平行棒を使っての歩行訓練を5分間(約1/2体重掛ける
・ナースによる体拭きと着替え。
・1日中微熱、頭痛続く。
・トイレに座った時に、患部が痛い。(便座固いから?)また、トイレに座る時に、ふ くらはぎが「こむらがえし」しそうになる。
4月12日(手術後5日目) 本日より、リハビリ本格化
・本日より、リハビリは併設の「リハセンター」という体育館のような施設で行う。
・ベッドに座り、左右の足首に2kgのウエイトを付け膝下の運動10分間。
・平行棒で10分間歩行訓練(体重1/2掛ける)
・理学療法士(PT)に依る、ストレッチ(左足の屈伸は痛い)
・ナースによる体拭きと着替え。
4月13日(手術後6日目) 抜糸終了
・午後から、主治医により抜糸がされました(抜糸後は、テープを貼られました)
・車いすを漕ぎ廻るせいか、両腕が筋肉痛になりました。シップ、シップ!
・ナースによる体拭きと着替え。(本日で最後となりました、ちょっと淋しい…)

・腰に3kgのウエイトを乗せ、仰向け状態でおしりを上げ下げ50回
・仰向けで、左足の開脚訓練50回(傷口が痛くて踵が全く浮かせない)
歩行器を使用しての歩行訓練→体育館を7周(ほぼ、通常通り歩く)
抜糸は全部で15針分。
以前の60針に比べたら「へ」のようなもんです。
デジカメで取って、初めて自分で見ることが出来ました。
テープは自然にはがれるまで張っていて下さいと言われましたが、最後のテープがとれたのは退院後でした。
4月14日(手術後1週間目) 入浴許可
・リハビリメニューは昨日と同じものを、150回。ストレッチ。
・歩行器で10周歩行(たまに、勝手に片手だけで歩いてみた)

・1週間目のレントゲン撮影と、早朝からの採血。
・未明より、左足の付け根が痛む。くしゃみすると激痛が走る。
・本日、初の入浴(介護のおばさんがいたが、脱衣所だけ手伝ってもらった)
 入浴自体は1人でも何とか出来た。
左が車椅子で入れる介助入浴室でかなり広めです。
右は自力入浴室、広さは家庭用を一回り広くした大きさでした。
どちらも、手すりが多く設置されていて安心です。
洗面器置きも設置されていて、高めの腰掛けに座る患者には嬉しい配慮です(床に置くと、腰の屈曲が大きくなりつらいので)
バスタブの排水栓もプッシュ式で、チェーンなど足に絡まるものはありません。
いろいろと自宅浴室の改造の参考になります。
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4月15日(手術から8日目)間歇マッサージ
・リハビリは前日メニューと同様、歩行器による歩行練習多め。
・夜、左右の股関節が痛む。
・下の写真は、メドマーという機械でのマッサージの様子です。このマッサージは とても気持ちよくて、この機械を買おうと値段を調べたら、15万円ほどしました。
あきらめました。 美容にも効果があるそうです。
☆間歇的空気加圧装置☆
間歇的空気加圧装置は、人工股関節形成の後における血栓症の発生率を減らすために効果的
であることが多くの報告により明らかにされています。
間歇的空気加圧装置はIntermittent Pneumatic Compression Systemといい、主として足部に装着するタイプ(フットポンプ)と下腿に装着するタイプ(カーフポンプ)があり、空気を送り込んで間歇的に足部または下腿を圧迫する装置です。

機械的な加圧の効果は、血流量を増加し、そして、おそらくは局所線維素溶解効果も生じさせ、
血栓形成を起こり難くするといわれています。
磁気共鳴静脈撮影を用いて機械的加圧の有効性を評価した結果、弾性ストッキングをはくだけの群より間歇的空気加圧群での血栓形成の率が有意に低かったという報告もあります。
手術後1週間目のレントゲン写真です。
左の骨盤の中にある半球状のものは「バイポーラヘッド」といい、これ自体も可動しますが、この内側も可動します。可動軸が2カ所あるのでバイポーラと言います。
バイポーラヘッドの中に、ジルコニアセラミック製のヘッドが組み込まれています。
大腿骨に差し込まれているのは、チタン合金製のステムです。

4月16日(手術から9日目)
・今日は自力入浴室に一人で入浴。
・入浴中に「弾性ストッキング」を洗濯してもらう。
・リハビリは前日メニューと一緒。
4月17日(手術から10日目) 専用歩行器ゲット!
・日曜でリハビリはお休み。
・病棟内の移動に、自分用の歩行器を借りる。これで、車椅子より速く移動できようになった。(売店がグーンと近くなった)
そのまま座ると、股関節の角度が深くなるので、クッションを置いて座っていた。おしりも痛くなくてよかった。 握り付きで、使いやすかった。
長い廊下などは、左足を宙に浮かせ右足だけでキックボードのように使いました。
個室のベット。散らかっていますねー(^^;)
ベットサイドの壁に、LANがあるのですが残念ながら工事中、次回入院時には使えることを祈ってます。
照明類は全て間接照明でした。
新病棟の広々した廊下。車椅子2台が余裕ですれ違えます。
天井は天然採光です。

病室ドアの窓ガラスは、正面からは見えにくいプライバシーガラスでした。
4月18日(手術後11日目) 片手歩行の練習
・リハビリは前日と同メニュー + 平行棒を右手のみで歩行(1本杖の練習)
 →ということは、松葉杖の過程は必要なしということらしい。
・入浴(介助無し)
4月19日(手術後12日目) 一本杖の練習
・リハビリは前日と同メニュー + 1本杖で体育館を10周歩行(姿勢をまっすぐに保つことが重要)
・杖(ステッキ)を病院売店で購入→ダイソーにも同じような杖が¥1,000で売っている。
・ケースワーカーに「身体障害者手帳」の申請と住宅改造の助成金を相談する。
4月20日(手術後13日目):亜急性期病棟へ移動
・午後から病棟の移動:現在の新館病棟(急性期病棟)から、最も遠い亜急性期病棟の3人部屋へ移動(新館に較べると多少古いがリハビリセンターへは、ものすごく近い。明日からは、杖のみで歩いていけそうだ)

・検尿(早朝2番目):破骨細胞の活動を検査するため。(NTX細胞)
・リハビリは1本杖での歩行(10周)と模擬階段の昇降訓練を行う。
・入浴(新病棟での最後の入浴)
4月21日(手術後2週間目)
・採血とレントゲン撮影
・リハビリは昨日と同じメニュー
・主治医に来週中の退院を切り出す→「自信が付けはOKとのこと」
・間歇マッサージは、本日で終了。
・入浴(広いが、古い)
手術後2週間目のレントゲン写真
固定の具合など、全く問題ないとのこと
あとは手術していない右側がいつまで持ちこたえられるかだ。
3人部屋のベット。やはり散らかっていますねー
ここまで回復すると、個室より大部屋の方が楽しいです。
個室では、見放題だったTVもプリペイド式になり、本当に見たい番組だけしか見なくなりました。
今回の入院では、約20時間見ました。
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4月22日(手術後15日目) 退院後の生活訓練
・リハビリは和室での訓練(脱臼しないための座り方、正座の仕方、立ち上がり方) 模擬浴室での訓練(脱臼しないための、浴槽への入り方、浴槽内椅子、洗い場の椅子の説明など)
・理学療法士による身体障害者手帳申請のための各種の測定を行う。(あまり張り切らないのがポイント)
・入浴
4月23日〜4月24日(手術後16.17日目) 自宅で外泊
・リハビリのあと、昼食後に外泊のため自宅へ戻る。
・作りかけのHPを公開する。
・トイレ、浴室に、手摺りの必要性を感じる。
・病院の階段に比べると自宅の階段は急だ。
・24日の夕方に病院へ戻った。なぜか、ホッとする。
4月25日(手術後18日目) 身体障害者手帳の申請
・「身体障害者手帳」の交付申請をする。
  申請書類など詳しくはこちら

・リハビリは、今までのメニューを一通り行う。
・午後から、微熱出る。
4月26日(手術後19日) UC通院
・潰瘍性大腸炎の定期診察のため、午前中外出。
4月30日(手術日より23日) 軽快退院
・本日午前中に、軽快退院(ステッキは、約3ヶ月間は使用して下さいとのこと)
・退院後は、歩きすぎない程度に近所を散歩したり、ストレッチを実施。
・坂道の上りは、筋力が付いていないせいか、かなりきつい。
・5月7日頃より、スクーター(100cc)にうまく乗れるようになる。
・自転車(軽快車)は、手術していない右足が、あがりにくく乗り降りが少し大変だった。
5月12日(手術後5週間目) 右股関節に激痛
・前日、朝から右股関節に激痛(歩行困難になる)
・5/16の予約を急遽変更して、本日受診する。(受診前に、ボルタレン座薬を入れて、痛みを止める)
・左右股関節のレントゲン撮影(人工骨頭側は、全く問題なし。 右側も大きな進行著変は無し)、痛み止めを処方される。
・今後は、右足を助けるために、ステッキを左手に持ち替えるように指示を受ける。
刀傷‥ではなく 手術跡 パチンコはしませんが、験かつぎで
最後までご覧頂き、ありがとうございました。
特発性大腿骨頭壊死症(左足編)は、一応これで終了します
右足の手術をしたらまた再開する予定です。
今回の入院・手術に支払った医療費は、ご参考までに「etc」に紹介します。
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